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札幌高等裁判所 昭和58年(ネ)85号 判決 1984年9月27日

昭和五八年(ネ)第八五号事件控訴人

兼同年(ネ)第六四号事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)

根釧漁船保険組合

右代表者理事

遠藤貞雄

右訴訟代理人

山本豊二

根岸隆

村上誠

昭和五八年(ネ)第六四号事件控訴人

兼同年(ネ)第八五号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

厚岸信用金庫

右代表者代表理事

伊藤貞夫

右訴訟代理人

野口一

笠井真一

村部芳太郎

澤田昌廣

主文

一  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

1  第一審被告は、第一審原告に対し金四五三九万円及びうち金二〇〇〇万円に対する昭和五〇年一〇月一日から、うち金二五三九万円に対する昭和五〇年一一月二九日から各支払済みに至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、第二審を通じ、これを五分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告の負担とする。

三  この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

当庁昭和五八年(ネ)第八五号事件について第一審原告は、「1原判決主文第一項を次のとおり変更する。(一)主位的請求第一審被告は第一審原告に対し金四五三九万円及びうち金二〇〇〇万円に対する昭和五〇年九月三〇日から、うち金二五三九万円に対する昭和五〇年一一月二八日から各支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。(二)予備的第一次請求第一審被告は第一審原告に対し金五三〇九万〇一九二円及びこれに対する昭和五四年(第一審原告の昭和五八年六月九日付準備書面にかかる五三年の記載は誤記と認める。)三月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三)予備的第二次請求(旧来的請求)第一審被告は第一審原告に対し金四五三九万円及びこれに対する昭和五三年六月二七日又は昭和五三年一二月二四日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、これに対し、第一審被告は「第一審原告の控訴(当審新請求分も含め)を棄却する。控訴費用は第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

当庁昭和五八年(ネ)第六四号事件について第一審被告は、「原判決中、第一審被告敗訴部分を取消し、右部分の第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、これに対し、第一審原告は「第一審被告の控訴を棄却する。控訴費用は第一審被告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (主位的請求)

(一) 第一審原告は、漁船損害等補償法に基づいて設立され、組合員が所有等する漁船につき、不慮の事故による損害の復旧及び適期における更新を容易にし、もつて漁業の安定に資することを目的として、普通損害保険事業あるいは満期保険事業等を営む法人である。

(二)(1) 第一審原告は、西川清一と左記漁船について、昭和四九年度L第一一三九号をもつて同年一二月二二日から同五〇年一二月二一日の一年間を保険期間とし、保険価額、保険金額いずれも金五五〇〇万円とする普通損害保険契約を締結した。

(船名) 第八よし丸

(総トン) 鋼二六七トン

(所有者) 西川清一

(保険番号) 昭和四九年度L第一一三九号

(2) 西川清一は、昭和五〇年二月一〇日、ソ連領ウルップ島付近海域で、保険金詐取の目的の下に故意に前記第八よし丸を沈没させた(以下右沈没事故を「本件事故」という。)。

(三) 第一審被告は同月一五日、西川清一との間で第一審被告の西川清一に対する貸金債権を担保するため、第一順位の漁船保険質権設定契約(質入金額金五五〇〇万円)を結び、第一審原告に対し、質権設定の通知をした。

(四) 第一審原告は第一審被告に対し、同年九月三〇日金二〇〇〇万円、同年一一月二八日金二五三九万円(以下一括して「本件保険金」という。)をそれぞれ支払つた。

(五) 本件事故を捜査していた釧路地方検察庁は、釧路地方裁判所に対し、西川清一、屋敷重雄、高岡和夫の三名については昭和五三年六月二六日、石川正勝については同年七月六日それぞれ右第八よし丸の艦船覆没及び本件保険金詐欺の共犯者として起訴した。そして屋敷重雄については昭和五三年一二月二三日西川清一と共謀のうえ右罪を犯したものとして第一審の有罪判決がなされ、石川正勝については、昭和五四年三月一二日西川清一と共謀のうえ右両罪を犯したものとして第一審の有罪判決がなされた。なお、右四名中高岡和夫はその後死亡し、西川清一は逃亡中である。

(六) 本件保険契約においては、漁船損害等補償法第一〇三条(昭和五六年法律第三一号による改正前のもの、以下本件では同じ。)及び第一審原告根釧漁船保険組合定款第五八条(1)号により、「組合員又は被保険者の故意又は重大な過失によつて生じた損害」については、第一審原告は保険金の支払義務を負わないことになつている。

そして、本件事故は、前記のとおり西川清一の故意によるものであり、右の規定の被保険者の故意によつて生じた場合に該当するので、第一審原告は本件保険金の支払義務を負わなかつたものである。

したがつて、第一審被告が、右保険金請求権に対する質権に基づくものとして第一審原告から受領した本件保険金は、第一審被告において、法律上の原因なくして右金員相当額を取得したことになる。

(七) また、第一審被告の西川清一に対する債権を担保するためとして、昭和五〇年二月一五日に設定された本件保険金請求権に対する質権は、被担保債権を欠くものであつた(第一審被告は西川清一に対しては債権を有しておらず、西川清一が代表取締役をつとめる株式会社ホク一水産に対し債権を有していたにすぎない。)から、第一審被告が右質権に基づき第一審原告から受領した本件保険金は第一審被告において、法律上の原因なくして右金員相当額を取得したことになる。

(八) 第一審被告は金融機関であり、右保険金を利用して金融業を行なつていたから、善意受益者の期間において、少なくとも年六パーセントの割合により右保険金から利益を得ていたことは確実である。そして第一審原告は、商人ではないが、本件保険金を失うことがなければ、これを銀行等に定期預金等して年六パーセント程度の運用利益を得たことは社会観念上明らかであるから、右期間、本件保険金を失うことにより、少なくとも年六パーセントの割合による損失を生じたことが確実であるので、第一審被告は、本件保険金及びこれに対する受領の日から年六パーセントの割合による金員を返還すべき義務がある。

(九) よつて、第一審原告は、第一審被告に対し、不当利益として、金四五三九万円及びうち金二〇〇〇万円に対する右金員を受領した日である昭和五〇年九月三〇日から、うち金二五三九万円に対する前同様の昭和五〇年一一月二八日から各支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払うことを求める。

2  第一次予備的請求

仮に、主位的請求において請求の年六パーセントの割合による運用利益の主張が認められないとしても、

第一審被告は第一審原告に対し、本件保険金のほかに、第一審被告の善意期間につき年五パーセントの割合による運用利益、第一審被告の悪意期間につき右金員(本件保険金及び右の年五パーセントの割合による運用利益)に対する年五パーセントの割合による利息相当金、更に第一審被告の遅滞期間につき以上の金員に対する年五パーセントの割合による遅滞損害金を支払うべき義務がある。

すなわち、

(一) 本件事故が、西川清一らの詐欺によるものであることは、遅くとも、同人の共犯者である屋敷重雄に対して昭和五三年一二月二三日、釧路地方裁判所がなした第一審有罪判決により明らかとなつた。そして、第一審被告は、遅くとも翌日の新聞等により右事実を確実に知つたものである。したがつて、第一審被告は、昭和五三年一二月二四日以後悪意の受益者となつた。

(二) 更に第一審原告は第一審被告に対し、本件保険金の返還について、昭和五四年三月一三日ころ第一審被告到着の文書で第一審被告代表理事に催告した。

したがつて、第一審被告は、本件保険金の返還につき、昭和五四年三月一三日以後、遅滞となつたものである。

(三) 以上を計算すると次のとおりとなる。

(1) 昭和五三年一二月二四日まで(善意受益者の返還義務の確定)

二〇〇〇万円×三年八五日×五パーセント(年)+二〇〇〇万円=二三二三万二八七六円

二五三九万円×三年二六日×五パーセント(年)+二五三九万円=二九二八万八九三〇円

合計金五二五二万一八〇六円

(2) 昭和五四年三月一三日まで(悪意受益者の返還義務の確定)

五二五二万一八〇六円×七九日×五パーセント(年)+五二五二万一八〇六円=五三〇九万〇一九二円

(四) よつて、第一審被告は、第一審原告に対し不当利得として金五三〇九万〇一九二円及びこれに対する前記の昭和五四年三月一四日から支払済みに至るまで年五パーセントの割合による遅延損害金を支払うことを求める。

3  第二次予備的請求

(一) 第一審原告は、前記のとおり第一審被告に対し、昭和五〇年九月三〇日金二〇〇〇万円、同年一一月二八日金二五三九万円をそれぞれ支払つた際、その都度第一審被告から、「後日貴組合に保険金支払いの義務のないことが判明したとき、又は他から異議の申立があつたときは、私が一切の責任を負い、貴組合にご迷惑をお掛けいたしません。」との誓約文言の記載のある領収証を受領した。

(二) これは、後日第一審原告に保険金支払義務のないことが判明したときは、第一審被告は、右受領済保険金を返還するとの特約である。

(三) 被保険者西川清一の前記沈没行為は、漁船損害等補償法第一〇三条及び前記根釧漁船保険組合定款第五八条(1)号に該当するので、第一審原告が保険金の支払義務を負わないことは明らかである。

(四) したがつて、西川清一が起訴された昭和五三年六月二六日の翌日か、遅くとも屋敷重雄が西川清一と共謀して右両罪を犯したものとする第一審判決がなされた昭和五三年一二月二三日の翌日以後は第一審原告に保険金支払いの義務のないことが判明したというべきであるので、この日以後、第一審被告は第一審原告に対し前記特約により受領済の前記保険金を返還すべき義務がある。

(五) そうして、右返還に関する特約は、商人たる第一審被告が第一審原告との間に締結したものであつて、第一審被告にとり商行為に当たるから、右返還の合意にかかる不当利得金に付せられるべき遅延損害金については商法五一四条により年六パーセントの利率が適用されるべきである。

(六) よつて、第一審原告は第一審被告に対し、前記特約に基づき、金四五三九万円及びこれに対する第一審原告に保険金支払義務のないことが判明した日の翌日である昭和五三年六月二七日又は同年一二月二四日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項(一)の事実は認める。同(二)の(1)の事実は認める。同(二)の(2)の事実中本件事故が西川清一の故意によるものであるとの点は知らないが、その余の事実は認める。同(三)ないし(五)の各事実はいずれも認める。同(六)前段の事実は認め、同後段の主張は争う。同(七)の事実は否認する。同(八)の事実は否認する。同(九)の主張は争う。

2  請求原因2項の冒頭部分は争う。同(一)の事実中第一審原告主張の判決があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実は否認する。同(三)の主張は争う。同(四)の主張は争う。

3  請求原因3項(一)の事実は認める。同(二)の主張は争う。同(三)の主張は争う。同(四)の事実中第一審原告主張の起訴及び判決があつたことは認めるが、その余は否認する。同(五)の主張は争う。

三  抗弁

1(一)  第一審原告は、第一審被告が昭和五〇年二月一五日、西川清一との間で漁船保険質権設定契約を締結した際、右質権設定につき異議なく承諾したものである。

(二)  ところで、質権設定の承認請求は、被保険者たる西川清一から保険者たる第一審原告に対して保険金をもつて、債務者である西川清一の債務を質権者たる第一審被告に弁済すべき旨を委託したのであるから、第一審被告の西川清一に対する債権は右弁済により消滅に帰したので、第一審被告に利得は存しない。

(三)  また、第一審被告は西川清一の第一審原告に対する指図に基づいて保険金を受領したにすぎず、一旦西川清一の手に渡つた保険金が第一審被告に交付されたのと実質的に同じであり、第一審被告の利得と第一審原告の損害との間には直接の因果関係はなく、不当利得の成立を欠くものである。

(四)  更に第一審被告は、第一審原告から善意で本件保険金の交付を受けたものであるところ、西川清一は現在失踪中であり、かつ本件漁船のほかに財産を有せず、同船も沈没したため、第一審被告の同人に対する債権回収は不可能な状態に至り、第一審被告には、返還すべき現存利得が存在しない。

2(信義則違反並びに権利の濫用)

(一)(1)  第八よし丸が沈没した後、西川清一は昭和五〇年二月一二日第一審被告に対し、同人が代表取締役をつとめる訴外株式会社ホク一水産が同船の乗組員に対する給料、解雇手当、その他の買掛金を弁済する資金を緊急に必要としたため、本件保険金を担保として同訴外会社に対し金一五〇〇万円を融資するよう懇請した。

(2)  第一審被告は当初右融資に消極的であつたが、同月一四日第一審被告の七崎業務部長を第一審原告方に出張させ、第一審原告に対し前記融資の必要性を話したうえ、前記保険契約の内容を尋ね、保険金を第一審被告が西川清一のため代理受領することの可否について打診したところ、第一審原告は第一審被告に対し代理受領によることに反対し、本件保険金に対し質権設定承認請求書を提出するならばこれを承認する旨を回答したので、第一審被告は本件保険金の支払について問題がないと確信し、右保険金を担保として同月一五日に金一〇〇〇万円、第一審原告が質権設定を承認した同月二八日に金五〇〇万円を、続いて四月二五日に金三三〇万円を訴外会社に貸し渡したのである。

(3)  しかるに、第一審原告は、第一審被告から本件保険金に対し、新規貸付を目的とする質権設定契約の承認申請があつた時点において、既に根室海上保安部から、本件事故は「一度座礁して満潮になり、離礁後一七時間後に浸水して再度浅瀬に座礁したということは故意にやつたのではないかと思われるふしもあり、捜査をしてみる。」と云われており、第一審被告と西川清一との本件質権設定契約を承認した昭和五〇年二月二八日には、第一審原告方を訪れた西川清一に対しては「調査をしなければならない事項があるので、しばらく期間がかかる。」とまで申し向けながら、第一審被告に対しては、本件事故には故意海難の疑いがあつて、本件保険金の弁済について免責問題発生の余地がある旨の警告すら発していないのである。

(二)(1)  本件質権設定契約後である昭和五〇年五月中旬頃、釧路海上保安部より第一審被告に対し西川清一に対する貸付金に関して、第八よし丸の運航は無資格者による運航であつたことを理由に、捜査関係事項照会があつたため第一審被告は西川清一に対する貸付に対し警戒を強め、昭和五〇年七月二一日には、本件質権により担保される貸付金を含む金二一三〇万円の全額弁済を受けたのである。

(2)  しかし同日、再び西川清一から本件質権を担保として金二〇〇〇万円の融資方の要請を受けたため、第一審被告の秋山業務部長は第一審原告に対し、本件保険金は何らの問題もなく弁済されることを確認した結果、同年七月二五日に金二〇〇〇万円、同年八月四日に金三〇〇〇万円を貸し渡したため、その貸付金の額は金五〇〇〇万円に増大したのである。

(3)  しかしながら、昭和五〇年七月二一日、第一審原告としては、既に海上保安庁を通じて、前記座礁の不自然さのほかに、第八よし丸は出帆前にレーダーが外されていたこと、更に座礁し船体放棄までしながらその浸水場所が不明であること等の事実が判明し、かつて昭和四九年にはソ連政府の許可を得て択捉島に赴いて、船体放棄をした海難事故の原因を調査した経験を有することから、検察庁より第一審原告自身が現場へ行つて調査してくる様にとまで勧告されていたという事情のもとで右勧告を無視して、前述の七月二一日当時、第一審被告に対し本件事故には疑問点が存在する事実すら知らさずに、海上保安部の調査のみに任せて、否、自民党代議士安田貴六の阿部秘書からの政治的圧力に屈して(本船の積荷保険について同様の立場にあつた安田火災海上保険株式会社は前記の免責事由に該当することを懸念して、遂にその保険金の支払をしなかつた。)、第一審原告は安易にこれを支払つたのである。

(三)  以上のとおり本件質権設定当時及び昭和五〇年七月二一日当時、第一審原告は本件事故が保険事故招致によるもので、免責事由に該当するという重大な疑いを有しており、かつ第一審被告が本件質権設定により新たな貸出をすることを知悉し、右保険金支払時期等の照会を受けていたのであるから、将来右免責事由に該当する嫌疑があることを第一審被告に通知し、以つて第一審被告をして万一免責事由に該当した場合における損害回避につき、予めその貸出を制限したり、その回収策を採らしめるなどして、第一審原・被告双方の損害を予防し、回収手続を容易にするよう努力すべきことは信義則及び衡平の原則上当然に要請される義務と解すべきである。

しかるに、第一審原告はこれらの義務を怠り、免責事由の嫌疑が極めて濃厚であるのに、その調査をすら充分に尽くさず、前記のとおり安易に本件保険金を支払つておりながら、西川清一の共犯者に対する判決言渡があつたこと並びに印刷文言による特約を理由として第一審被告に対して本訴請求をすることは、民法第四六八条の法理の類推解釈上からも信義誠実の原則に違反し、かつ権利の濫用として到底許されない。

3  弁済期の未到来

第一審原告は、「第三よし丸に関する漁船保険金の返還について」と題する書面(甲第六号証の一)をもつて、西川清一が釧路地方裁判所に係属中の保険金詐欺等被告事件において有罪判決を受け、右判決が確定した場合を停止条件として本件保険金の返還を請求しているものであるところ、西川清一に対する有罪判決は未だ確定していないので、右請求は未だ期限が未到来であつて認められない。

4(誓約文言の無効)―(第二次予備的請求に対し)

本件誓約文言は、領収書に不動文字で印刷されているのであつて、不当利得上の一般的法律責任を注意したにすぎず、第一審被告は、特約としての認識、効果意思を欠き、いわば例文にすぎず、無効といわなければならない。

5(現存利益の減額)

現存利益の認定は、諸般の事情を斟酌して、当事者の過責(当事者が不当利得関係の発生、存続を意欲し、又は認識し得べきに認識しなかつた場合―過失―のみならず、不当利得関係を発生せしめ又は存続せしめて、これを放置したまま回復しないでおく社会的に非難せられる行為容態をも含む。)を考慮して具体的になすべきであると解される。

本件において、前記三の2のとおり免責事由の可能性を秘匿し(すなわち、質権設定契約が実質的に無効となる結果を予期しながら)、将来、不当利得関係が発生する可能性のあることを容認してなした第一審原告の行為は、その過責が極めて大であるといわなければならない。

したがつて、給付者たる第一審原告の過責は極めて大であるので、受益者たる第一審被告の返還義務につき、相当の軽減を認めるべきである。

6(過失相殺)

第一審原告が第二次予備的請求として主張する特約に基づく請求は、右特約に基づく第一審被告の債務不履行を原因とするものであり、また、主位的請求及び第一次予備的請求も、帰するところは、西川清一の詐欺に基づき、保険金を質権者として受領した第一審被告に対し、第一審原告が本件保険金の支払義務がなかつたとして、その返還を求めるものであるから、右は不当利得というも、実質は西川清一の不法行為により第一審被告が受領した保険金につき、損害賠償を原因として請求するものと解すべきである。

したがつて、前記三の2で主張のとおり第一審原告に重大な過失が存在する以上、その損害賠償の責任と金額の大半は過失相殺されるべきものである。

仮に右主張が容れられないとしても、第一審原告の過失は誠に重大であるから、民法第四一八条を準用して、第一審原告の本件不当利得返還請求の大半は過失相殺されるべきものである。

7(消滅時効)

(一) 不当利得返還請求権は、法律の規定によつて発生する債権ではあるが、本件保険契約は「営利保険」として営業的商行為に当たると解されるので、通常の商事債権の場合と同様に、企業取引活動の要請たる迅速性に応じるため、五年の消滅時効に服すべきである。

したがつて、第一審原告主張の不当利得返還請求権は昭和五五年九月三〇日と、同年一一月二八日の経過により既に時効により消滅した。

(二) 第一審原告は、第二次予備的にいわゆる「誓約文言」の特約に基づく請求を行なつているが、本件保険契約は営業的商行為と解されるところ、右特約は、右保険契約に基づく保険金支払に関する附随的行為として、やはり商行為というべきであるので、右特約に基づく返還請求権も商事債権といわなければならない。

したがつて、特約に基づく返還請求権も五年の経過により既に時効により消滅した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。

2  同1(一)の(1)及び(2)の事実は争う。同(一)の(3)の事実のうち、第一審原告が昭和五〇年二月二八日ころ西川清一に対し「調査をしなければならない事項がある。」と申し向けたこと、第一審原告が第一審被告に対しては本件事故には故意海難の疑いがある旨の警告を発しなかつたことは認めるが、その余は争う。同(二)の(1)の事実のうち、釧路海上保安部より第一審被告に対し、西川清一に対する貸付金に関して照会があつたことは認めるが、その余は否認する。同(二)の(2)の事実は争う。同(二)の(3)の事実のうち、第一審原告がかつて択捉島に赴いて調査した経験を有すること、安田火災海上保険株式会社が保険金の支払をしなかつたこと、第一審原告が保険金を支払つたことは認めるが、その余は争う。同(三)の主張は争う。

3  同3の事実は否認する。

4  同4ないし7の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一まず、第一審原告の本来的請求の不当利得返還請求権の有無について検討する。

1  第一審原告が、漁船損害等補償法に基づいて設立され、組合員が所有等する漁船につき、不慮の事故による損害の復旧及び適期における更新を容易にし、もつて漁業の安定に資することを目的として、普通損害保険事業あるいは満期保険事業等を営む法人であること、第一審原告は西川清一との間に、同人所有の漁船第八よし丸(総トン数・鋼二六七トン)について昭和四九年度L第一一三九号をもつて同年一二月二二日から同五〇年一二月二一日の一年間を保険期間とし、保険価額、保険金額いずれも金五五〇〇万円とする普通損害保険契約を締結したこと、第八よし丸は、同年二月一〇日、ソ連領ウルツプ島付近海域で沈没したこと、第一審被告は西川清一との間で、同月一五日第一審被告の右西川清一に対する貸金債権を担保するため、第一順位の漁船保険質権設定契約(質入金額五五〇〇万円)を結び、第一審原告に対しその旨を通知したこと、第一審原告は第一審被告に対し、同年九月三〇日金二〇〇〇万円、同年一一月二八日金二五三九万円の合計金四五三九万円を支払つたこと、本件事故を捜査していた釧路地方検察庁は、昭和五三年六月二六日西川清一、屋敷重雄、高岡和夫の三名を、同年七月六日石川正勝をそれぞれ第八よし丸の艦船覆没及び本件保険金の詐欺罪等で釧路地方裁判所に起訴したこと、そして屋敷重雄については昭和五三年一二月二三日右罪を犯したものとして同地裁の有罪判決がなされ、石川正勝については、昭和五四年三月一二日西川清一と共謀のうえ右罪を犯したものとして同地裁の有罪判決がなされたこと、右四名中高岡和夫はその後死亡し、西川清一は逃亡中であること、第一審原告の組合定款には第五八条(1)に組合員又は被保険者の故意又は重大な過失によつて生じた損害については保険金の支払義務を負わない旨の規定が存すること、以上の各事実については、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、西川清一と石川正勝は、西川清一所有の漁船第八よし丸を故意に座礁させ破壊するなどして船体を放棄し、海難事故を装い、同人が第一審原告との間に締結している本件保険契約の保険金五五〇〇万円を騙取すると共に、更に右偽装海難事故敢行前に新規に同船の積荷等に保険をかけてその保険金をも右偽装海難事故によつて騙取しようと企てたこと、右計画に基づき、西川清一らは昭和五〇年一月末日までに、安田火災海上保険株式会社との間に、保険金額を金五〇〇〇万円とする同船にかかわる貨物海上保険契約を締結したこと、西川清一らは更に屋敷重雄、高岡和夫らと共謀のうえ、同年二月一〇日午前五時一〇分ころ、中部千島列島ウルップ島付近海域の砂利原に第八よし丸を座礁させたうえ船体を放棄し、海難事故を仮装したこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

そうだとすると、本件事故は、被保険者西川清一の故意行為によつてひき起こされたものであるから、その損害については保険者である第一審原告にてん補責任のないことは漁船損害等補償法第一〇三条及び第一審原告定款第五八条(1)号の各規定に徴し明らかである。

したがつて、第一審被告は本件質権に基づき本件保険金を受領する権限を有しなかつたのであるから、第一審被告が右質権に基づき右保険金を受領したことは、第一審被告において、法律上の原因なくして取得したものということができる。

2  この点と関連し、

(一)  まず、第一審被告は、本件事故が被保険者西川清一の故意行為によつて生じたものであつたとしても、第一審原告は第一審被告のための質権設定を異議なく承諾したものであるとする主張(抗弁1の(一))。第一審被告の主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、第一審被告の右主張が、本件保険金請求権が第一審原告の異議なき承諾により何ら抗弁権を伴わない債権として質権の拘束に服するに至つたものであつて、被保険者西川清一の故意行為による免責の主張は、第一審被告に対抗できないとの趣旨をいうとしても、保険者が質権設定につき承諾を与えた場合にあつて、漁船損害等補償法一〇三条の免責事由が存した場合は保険金を支払わない旨を明言しなくても、それは、法律で明定された保険金請求権の成否にかかわる重大な事由であるので、特段の事情のない以上、これを質権者に対し対抗することができるものと解するのが相当であるところ、本件において右特段の事情は認められないので、保険者たる第一審原告は質権者たる第一審被告に対し本件の免責事由を主張することができるというべきである。したがつて、第一審被告の右主張は理由がなく採用できない。

(二)  次に第一審被告は、第一審原告は本件質権設定の承諾請求を受けた際、西川清一から保険金を直接債権者である第一審被告に支払い、もつて西川清一の第一審被告に対する債務の弁済に当てるべき旨を委託されたものであつて、第一審原告の第一審被告に対する本件保険金の交付によつて第一審被告の西川清一に対する債権は消滅したので、第一審被告に利得は存しない旨主張する(抗弁1の(二))が、保険者たる第一審原告は、質権設定の通知を受けた後は、保険事故が発生し保険金支払義務が生ずると、民法三六七条一項により質権者の取立に応じざるを得ず、被保険者たる西川清一にこれを支払うことができない立場に立つのであつて、第一審被告主張のような弁済の委託に基づき本件保険金の支払がなされたものと解することはできないのみならず、そのような事実を認めるに足りる証拠もない。したがつて、第一審原告から第一審被告に対し本件保険金の支払がなされても、第一審被告の西川清一に対する債権は消滅せず、第一審被告は右保険金を受領することによつて金銭による利得を得たものというべきである。

(三) また、第一審被告は、第一審被告が第一審原告から受領した本件保険金は、一旦西川清一の手に渡つた後、同人から第一審被告に交付されたのと実質的に同じであり、第一審被告の利得と第一審原告の損害との間には直接の因果関係はない旨主張する(抗弁1の(三))が、保険金が被保険者に一旦支払われた後、被保険者が債権者に弁済した場合と、本件のように質権者が保険者から直接保険金を受領した場合とは、前者においては被保険者の債権者に対する弁済が有効となる余地がある(最高裁昭和四二・三・三一判決・民集二一巻二号四七五頁参照)のに対し、後者の場合は前記のとおりその余地がなく、法律関係を異にすることは明らかであるから、これを前者の場合と同一に論ずることはできない。本件の場合、第一審原告の保険金支払という出捐行為と第一審被告の保険金受領という金銭的利得の間に、直接の因果関係が存することは明らかである。

(四)  第一審被告は、第一審被告の西川清一に対する債権が取立不能となつていることを理由に第一審被告に現存利益がない旨主張する(抗弁1(四))が第一審被告は第一審原告から本件保険金の交付を受けて右金員を利得し、その結果、第一審被告の貸金債権をその限度で回収したものであるから、その利益は現存するとみることができるところ、第一審被告のいう西川清一に対する債権取立不能が右貸金債権の回収によつてもたらされたことの事実関係は本件証拠上もこれを窺うことはできないから、この点ですでに第一審被告の主張は理由がない。のみならず後記3のとおり第一審被告は、第一審被告が本件質権によつて担保されると主張する債権を株式会社ホク一水産に対して有していることが認められるので、第一審被告は同会社に対して法律上その責任を追求することが可能であるし、また、<証拠>によれば、第一審被告は、右債権にかかわる各貸し付けに当たり、西川清一のほか、川端曻子、石井正勝との間に連帯保証契約を結んでいることが認められ、法律上右三名の者に対して連帯保証人としての責任を追求することが可能であるのであつて、右のとおり第一審被告が実体上債権を有する以上、第一審被告に現存利益が存しないということはできないし仮に、第一審被告が実体上債権を有するのみでは、直ちに現存利益の存在を肯定することができないとしても、本件においては、西川清一、株式会社ホク一水産に対しては西川清一が現在失踪中であること(この事実は当事者間に争いがない。)等からみて、その取立が困難ないし不能であることが推認されるとしても、右の川端曻子、石井正勝については、本件において、その取立が困難ないし不能と認めるに足りる証拠はないので、本件において、未だ現存利益の不存在を推認することはできず、他に利得の現存しないことを認めるに足りる証拠はない。第一審被告の主張は、右の諸点から肯認することはできない。

3  更に第一審被告は第一審原告の本件不当利得返還請求は信義則に反し、かつ権利の濫用に当たるので、許されない旨主張する。

(一)  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件事故が昭和五〇年二月一〇日発生した後、西川清一は、昭和五〇年二月一四日第一審被告を訪れ、第一審被告に対し西川清一が代表取締役をつとめる株式会社ホク一水産のため本件事故による保険金請求権を担保として資金の融資方の申し込みをしたので、第一審被告は検討の結果、右融資申込に応ずることとし、右融資に関連し、第一審原告に対し既に第一審被告において本件保険金請求権の一部につき質権を取得していたので、その余の部分につき西川清一に代つて代理受領することの可否の照会をしたところ、第一審原告からは、右方法によらず、本件保険金請求権全部に対する質権設定の方法によるべき旨の回答があつたので、第一審被告は、昭和五〇年二月一五日西川清一との間に本件保険金請求権全額に質権を設定する旨の合意をし、その際質権設定承諾請求書を作成し、そのころこれを第一審原告に交付してその承諾を求めたところ、第一審原告は、昭和五〇年二月二八日右質権設定につき承諾をした。

第一審被告は、右のとおり西川清一と質権設定の合意をしたので、昭和五〇年二月一五日に一〇〇〇万円、同月二八日に五〇〇万円、同年四月二五日に三三〇万円を株式会社ホク一水産に貸し付けた。

(2) ところで、本件事故が発生した際、釧路海上保安部は、事故現場に赴き、第八よし丸の臨検調査を行なつた結果、本件事故が偽装による海難事故ではないかとの疑いを強くもつた。また、第一審原告も、本件事故の発生をその直後知り、担当者は本件事故の経緯の不自然さ等から多年の経験からくる勘で偽装海難の疑いをもつたが、事故現場がソ連領であつたため調査が困難である上、多額の費用を要するので、直接調査を行なわず、海上保安部の調査の結論を待つことにした。

(3) 西川清一は、昭和五〇年二月二八日ころ第一審原告に対し保険金請求に関する手続をしたが、第一審原告は、当初、釧路海上保安部から本件事故は故意による座礁事故の疑いがある旨の報告を受けていたので、西川清一に対して「調査しなければならない事項がある。海上保安部の協力を得て事故原因の結論がでるまで支払をしない。」等と告知し、西川清一からの保険金請求に応じないでいた。しかしながら、第一審原告は、第一審被告から本件保険金の前記の代理受領の可否の問合わせがあつた際も、第一審被告に対しては未だ確たる証拠もなかつたため、本件事故が故意による座礁事故の疑いのあることを伝えず、通常保険金がおりるのは、一、二か月後という説明をした。

(4) 昭和五〇年五月中旬ころ、釧路海上保安部から二回にわたり第一審被告に対し本件事故に関連して西川清一ないし株式会社ホク一水産に対する貸付金の有無等につき捜査上の照会があつたが、第一審被告は右照会のあつた事実にさして注意を払わなかつた。

(5) その後も、第一審被告は時折保険金がおりる時機について、第一審原告に対し問合せをしたが、第一審原告は、あと、一、二ケ月後という説明をしながら、海上保安部の調査結果をまつていた。

(6) 第一審被告は、株式会社ホク一水産に対する従前の貸付金の返済期限が到来したため、昭和五〇年七月二一日株式会社ホク一水産から金二、一三〇万円の返済を受け、同日またも西川清一から本件保険金請求権を担保として融資方の要請があつたので、検討の上、昭和五〇年七月二五日に二〇〇〇万円、昭和五〇年八月四日に金三〇〇〇万円を貸し付けた。

(7) 昭和五〇年九月上旬ころに至り、第一審原告は、釧路海上保安部から本件事故は不自然な点はあるが、故意による海難事故とまでは断定しえず、刑事事件として立件することは困難であるとの回答を受けたので、止むなく質権者である第一審被告に対し本件保険金を四五三九万円と査定の上、昭和五〇年九月三〇日に二〇〇〇万円、同五〇年一一月二六日に金二五三九万円を支払つた。なお、株式会社ホク一水産との間に貨物海上保険契約を締結していた安田火災海上保険株式会社は、第一審原告と本件事故に関する情報を交換するなどしていたが、本件事故の原因につきあくまで不審をもち、その支払をしないままでいた。

(8) 昭和五二年秋になり本件の西川清一の共犯者である高岡和夫の密告により本件事故の真相が明らかとなり、前記認定の各有罪判決がなされた。

<証拠>のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

(二) 右認定事実によれば、第一審原告が第一審被告に対し、本件保険金を支払うに際し、本件事故が西川清一らの故意によるものではないかとの疑いを抱いていたことは認められるが、右のような経緯に照らすと、当時、第一審原告が本件事故の真相を知つていたものとは認められず、また、本件事故現場がソ連領であるなどの事情から、第一審原告が自ら赴いて調査しなかつたことも必ずしも怠慢というほどのものではないし、また、本件事故が故意海難の疑いのあることを第一審被告に伝えなかつたことも、第一審原告がいだいていた右疑いが必ずしも確たるものではなく、いわば担当者の経験からくる勘ともいえるもので、客観性に乏しく海上保安部の調査の結論をまつていたものであつて一概に責められるべきともいえず、第一審原告の第一審被告に対する本件保険金の支払も、海上保安部による本件事故の原因等に対する調査の結論をまつてしていることから安易ということもできない。以上の事実関係からみると、第一審原告の処置も第一審被告との関係で、必ずしも不当な所為をとつていたものとまでいえず、結局、第一審原告の第一審被告に対する本件不当利得返還請求が信義則に反し、かつ権利の濫用に当たるということはできない。

したがつて、第一審被告の信義則違反並びに権利の濫用の主張は失当である。

4  また、第一審被告は、第一審原告の本件不当利得返還請求はその弁済期が未到来であると主張するが、本件の不当利得返還請求権は、漁船損害等補償法一〇三条の規定から明らかなように本件事故が西川清一の故意によるものであることにより履行期の定めのないものとして当然に発生するが、<証拠>によれば第一審原告は第一審被告に対し昭和五五年九月三日に口頭で履行の催告をしていることが認められるので、これによりその期限が到来したことは明らかである。

もつとも、<証拠>によれば、第一審原告は第一審被告に対し「今後、西川清一の保険金詐欺が確定した場合、本組合は漁船保険組合定款第五八条一号によつて保険金支払いの責め(債務)を負わないことになり、上記支払保険金を返還していただくことになります。」との書面を送付したことが認められるが、右は第一審原告の一方的な作成にかかる文書であつて、これを郵送したからといつて、本件の不当利得返還請求権の発生を西川清一の有罪判決の確定にかからしめる合意が成立したといえないことは勿論、右事実の確定まで右支払を猶予するとの確定的意思があつたともいえないので、右の書面を根拠に第一審被告の右主張を基礎づけることはできない。

5  そこで、以下不当利得による返還義務の範囲について判断する。

(一)  第一審原告はまず、主位的請求において、第一審被告が善意の期間中年六パーセントの割合による運用利益を得ていたとし、これを本件保険金に付加して支払うよう求めているので検討すると、第一審被告が第一審原告から本件保険金合計金四、五三九万円を受領(うち金二〇〇〇万円については昭和五〇年九月三〇日、うち金二五三九万円については同年一一月二八日に各受領)したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、第一審被告は金融機関であるから、本件保険金を利用して年六パーセントの割合による利息相当額程度の利益を得ていたであろうことは推認するに難くない。

ところで、不当利得された財産に受益者の行為が加わることによつて得られた収益については、社会観念上、受益者の介入がなくても、損失者が右財産から当然取得したであろうと考えられる範囲において損失があるものと解すべきであり、その範囲の収益が現存する限り、民法第七〇三条により返還されるべきである(最高裁昭和三八年一二月二四日判決・民集一七巻一二号一七二〇頁)。しかしながら、第一審原告は、営利を目的とする法人でなく、商人ではないのであるから、社会観念上、第一審被告の行為の介入がなくても第一審原告が本件保険金を利用して年六パーセントの割合による運用利益を当然取得したであろうと考えることはできず、せいぜい民事法定利率年五パーセントの割合による限度でのみ運用利益が認められるというべきである。

したがつて、第一審原告の主位的請求は、第一審原告が第一審被告に対し不当利得金として金四五三九万円及びうち金二〇〇〇万円に対する利得の日の翌日である昭和五〇年一〇月一日から、うち金二五三九万円に対する利得の日の翌日である昭和五〇年一一月二九日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるが、これを超える部分は理由がないというべきである。

(二)  第一審被告は、本件不当利得の発生、存続等につき第一審原告の過責が大であるとして、第一審被告の不当利得返還義務の範囲につき相当の減額を認めるべき旨主張するが、仮に不当利得の発生、存続等につき第一審原告に第一審被告のいう過責が存するとしても、そのことを直ちに不当利得返還義務の範囲を決するに当たつて考慮すべき根拠は存しないし、また前記3において認定のとおり第一審原告の行為につき直ちに非難すべき事由を見出すことはできないので、第一審被告の右主張は理由がないというべきである。

(三)(1)  次に、第一審被告は、第一審原告の主位的請求は、その実質において不法行為に基づく損害賠償の請求であるとしてこれにつき過失相殺の規定が適用されるべきであると主張するが、右請求の訴訟物はあくまでも不当利得返還請求権であつて、不法行為に基づく損害賠償請求権とみるべき根拠はない。したがつて、第一審被告の右主張はその前提を欠き、失当として採用できない。

(2)  第一審被告は、更に、仮に第一審原告が第一審被告に対し不当利得返還請求権を有するとしても、右不当利得の発生につき第一審原告には重大な過失があるので、民法四一八条の準用により右請求の大半は過失相殺されるべきであると主張するが、債務不履行における過失相殺に関する規定を不当利得返還請求に適用ないし準用すべきいわれはないので、第一審被告の右主張は主張自体失当である。

(四)  次に第一審被告は、本件不当利得返還請求権は五年の経過により時効消滅した旨主張するので検討すると、商法第五二二条の適用又は類推適用されるべき債権は商行為に属する法律行為から生じたもの又はこれに準ずるものでなければならない(最高裁昭和五五年一一月二四日判決・判例時報九五五号五二頁)ところ、本件保険金の不当利得返還請求権は、前記のとおり法律の規定によつて発生する債権であり、商行為によつて生じたもの、あるいはこれに準ずるものでないことは明らかである。

すなわち、第一審原告は、漁船保険事業を行なうことを目的とし、漁船損害等補償法により設立された法人であることは当事者間に争いがなく、したがつて、営利を目的とした法人ではなく、商法に定める商人ではないこと、漁船損害等補償法による漁船保険の性格は、「相互保険」であつて(同法第三条第二項)、商法第五〇二条第九号の営業的行為には含まれないこと、弁論の全趣旨によれば、西川清一は、漁船を所有して漁業を営んでいた者であることが認められるので、商人ではなく、本件保険の申込もまた商行為でないことに照らすと、本件不当利得返還請求権を商行為によつて生じた債権あるいはこれに準ずるものと解することはできない。

したがつて、その消滅時効の期間は一般債権として民法第一六七条第一項により一〇年と解するのが相当である。よつて、第一審被告の右の消滅時効の主張も又採用することができない。

二1  第一審原告は、第一次予備的請求において、第一審被告が昭和五三年一二月二四日以降悪意の受益者となつたとして、同日以降、現存利益(本件保険金及びこれに対する第一審被告の善意期間中の年五パーセントの割合による運用利益)及びこれに対する年五パーセントの割合による利息を支払うことを求めているので検討する。

2(一)  第一審原告の主位的請求のうち、第一審被告は第一審原告に対し本件保険金及びこれを受領した日の翌日以後完済まで年五パーセントの割合による運用利益を返還すべき義務があることは前記のとおりである。

(二)  したがつて、第一審原告の第一次予備的請求のうち、本来的請求によつて認容さるべき金額請求(金四五三九万円及びうち金二〇〇〇万円に対する昭和五〇年一〇月一日から、うち金二五三九万円に対する昭和五〇年一一月二九日から各支払済みに至るまで年五パーセントの割合による金員)、すなわち金五二五二万一八〇六円(請求原因2(三)(1)、金四五三九万円及びうち金二〇〇〇万円に対する昭和五〇年一〇月一日から、うち金二五三九万円に対する同年一一月二九日からそれぞれ昭和五三年一二月二四日までの年五パーセントの割合による金員の合算額)及び内金四五三九万円に対する昭和五三年一二月二五日からその支払済みに至るまで年五分の割合による金員支払請求分(請求原因2、(三)、(2)及び同(四)の遅延損害金のうち四五三九万円に対する部分〔請求原因2(三)(2)については金七一三万一八〇六円、同(四)については金七七〇万〇一九二円に関する部分を除くことになる。〕)については、予備的請求の性質上とくに判断をする利益はない。

3  そこで、本位的請求が認容されなかつた部分(前記七一三万一八〇六円に対する昭和五三年一二月二五日から昭和五四年三月一三日までの遅延損害金分及び前記七七〇万〇一九二円に対する昭和五四年三月一四日から支払済みに至るまでの遅延損害金分)の請求の当否について検討するに、これらはいずれも本件保険金以外の第一審原告の善意期間中の年五パーセントの割合による運用利益又は悪意後の遅延利息(損害金)に対するものであつて、これらは、いずれも重利の請求に当たると解され、したがつて債務者に対しては民法四〇五条の規定と同一の保護が与えられるのが相当であると認められるところ、第一審原告はこれに相当する事実(元本に組入れられるべき分についての催告及び右部分についての元本組入れの意思表示)を主張せず(念のため、本件証拠上もかかる事実の存在は窺えない。)、したがつて、この点の主張を欠く第一審原告の前記第一次予備的請求は他に判断するまでもなく失当である。

三次に、第二次予備的請求の当否について検討する。

1  まず、本件保険金相当額四五三九万円及びこれに対する昭和五三年六月二七日又は同年一二月二四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分については、第一審原告の本来的請求によつて認容さるべき金額を超えることはないから、右部分については、予備的請求の性質上判断することはできない。

2(一)  そこで、本来的請求によつて認容されなかつた部分に相当する部分の第二次予備的請求、すなわち本件保険金相当額の四五三九万円に対する昭和五二年六月二七日又は同年一二月二四日以降その支払済みに至るまでの年一分の割合による遅延損害金の請求(年六パーセントから本来的請求によつて認容された年五分〔五パーセント〕の割合の差額)の当否について判断する。

(二)(1)  前記認定にかかる事実及び<証拠>によれば、請求原因3の(一)の事実を認めることができる。

(2)  ところで、第一審原告は、右認定にかかる誓約文言による右特約を保険金支払義務のないことが判明したときに右受領済保険金を返還する旨の合意である旨を主張する。いわば、保険金支払義務の不存在の判明を停止条件とする損害担保契約の性質を有すると主張するものであると解される。

しかし、<証拠>によれば、前記文言は、第一審原告の用意する保険金の領収書に印刷された定型的な文言であつて、その性質上一般に、当事者間で交渉する余地の少ないものであることなどを考慮すると、前記文言によつて成立する合意に第一審原告の主張するような大きな効果を認めることは困難であり、右は、むしろ、不当利得返還義務の範囲に関する限りでの特約、すなわち、民法七〇三条の「其利益の存する限度に於て」という制限を排除する効力を有するにすぎないものと認めるのが相当である。(故に、第一審被告の、誓約文言は例文であつて、無効であるとの主張〔抗弁4〕は理由がない。)

したがつて、第一審原告の第一審被告に対する不当利得返還請求権自体は前記誓約文言の記載による合意により発生するものではないというべきところ、前記一5(四)のとおり不当利得返還請求権は商事債権ではないから、右誓約文言の存在を理由に不当利得金の返還を求める場合にあつても、これに付されるべき遅延利息の利率は、商法五一四条の適用がなく、民法四〇四条所定の年五分(年五パーセント)の利率によるべきである。

故に、第一審原告の第二次予備的請求は年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めることができることを前提とするものであるところ、右は失当であるから、右第二次予備的請求は、第一審原告の本来的請求につき認容されるべき金額の範囲内となるので、更に他の主張等について判断の要をみない。

四よつて、第一審原告の主位的請求のうち、不当利得金として金四五三九万円及びうち金二〇〇〇万円に対する右利得の日の翌日である昭和五〇年一〇月一日から、うち金二五三九万円に対する右利得の日の翌日である昭和五〇年一一月二九日から各支払済みに至るまで年五パーセントの割合による利益の支払を求める限度で理由があるので、これを認容するがその余並びに第一次及び第二次予備的請求(但し、前記のとおり当審で判断を必要とする部分)はいずれも理由がないので失当として棄却するが、原判決は一部相違しているから本判決主文第一項のとおり変更するとともに訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九六条を仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(奈良次郎 藤井一男 中路義彦)

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